ウイッカ・リティアのサバトへのお誘い(2017年6月24日)

ウイッカとは何でしょうか?

一言で言えば、季節の節目ごとに行うサバト(集会)であり、少人数で行う自然に感謝するシンプルなセレモニー(儀式)、と言えば伝わるでしょうか?

日本にも、様々な行事(儀式)があります。元日から1年が始まり、鏡開き、節分(立春の前の日)となり春を迎え、桃の節句(ひな祭り)、端午の節句(子供の日)、そして夏の到来を告げる夏至、七夕、お盆、秋になれば15夜のお月見、七五三、そして冬至となって、大晦日で終わります。そしてまた新しい年を迎えるわけです。

各行事ではいろいろな事が行われます。例えば節分には豆まきをしたり、端午の節句には菖蒲湯、冬至には柚子湯に入るとか、そうした風習はまだまだ残っているように思います。(今はあまり見かけなくなりましたが、子供の頃に祖母が作った月見団子とススキの飾りと十五夜お月様の光景は、美しい思い出のひとつです。)

このような行事は毎年1年を通じて季節の節目ごとに行われるわけですから、さながらそれは永遠に回り続ける車輪のようにも思えます。その由来はと言えば、中国から伝わったもの、収穫を祝う為にその土地の神々を祀ったもの、歴史の中の出来事がきっかけで始まったものなど様々ですが、大概はどれも季節や天体の動きに関わっているように思います。

「ウイッカ」とは、同じように季節の節目に行う行事のようなものですが、そのオリジンは、キリスト教以前の、古代ケルト時代に伝わる自然崇拝の宗教、もしくは風習のようなものと言えます。

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そのウイッカでは、女神信仰や神・女神という二神信仰を主軸としていますが、実際にはある種の多神教的な要素があり、あらゆるものに神が宿っているという世界観を持っています。そうした古代ケルトの宗教・文化的側面は、日本の八百万(やおよろず)の神々の概念に通じるところもあるようです。

例えば、夏にはその力を象徴する<太陽神>や、そこに宿る<火>の要素、秋にはトウモロコシや小麦といった収穫物を育てる神々や、恵みの<大地>を司る精霊たちなどが、セレモニー(儀式)の中では、<召喚>(神々を呼び込むこと)という形で畏敬の念をもって迎え入れられます。

ウイッカ信仰を実践した人々とは、その土地に住む農民や普通の人々であったわけですが、そうしたシャーマニックなウイッカの教えを受け継ぐものは、やがて魔女とも言われ、様々なオカルティズムの影響を受けながら、ヨーロッパ各地でその伝統を細々と伝えて来たのです。

そのような歴史的な流れを持つウイッカですが、ジェラルド・ガードナーが1954年に発表した Witchcraft Today (『今日のウイッチクラフト』)によって、現代に蘇った、と言われています。その書物の中でガードナーは、自分がイニシエーション(加入礼、秘儀参入)を受けたウイッチクラフト(魔女的宗教)は、欧州のキリスト教以前の多神教が現代に生き延びたものであると言っています。

今日では、そこから様々なウイッカの流れが派生していますが、ウイッカのセレモニーを行うものを広く<ウイッカン>と呼んでいます。

ウイッカン、すなわちウイッカを実践する人達は、年間8回のサバトの祝祭(セレモニー集会)と満月のエスパッド(満月集会)を行います。

それは次のようなものです。

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・2月1日 インボルク(イモーク)Imbolc:聖燭節、立春

・3月19~22日 オスタラ Ostara:春分

・5月1日 ベルテイン Beltane:五月祭の前夜 (May Eve) 、立夏

・6月19~22日 リティア Licha:夏至

・8月1日 ルーナサット Lughnasad:収穫祭、立秋

・9月19~22日 マボン Mabon:秋分

・10月31日 サーウイン Samhain:立冬、ハロウイン

・12月19~22日 ユーレ Yule:冬至

これらすべては、私たちが自然の一部であるという事を基軸にしているのであって、だからこそ、女神信仰が軸になる世界観を持っているのです。

何故なら、自然そのものを育む地球は、ガイアの女神そのものであるからです。

母なる地球(ガイア)と共に過ごす喜びのようなものが、このウイッカにはあります。それだけ、私たちと自然や地球そのものとのダイレクトな結びつきが強かった時代の名残とも言えるのかもしれません。

 

ウイッカですること。

ウイッカのサバト(集会)のセレモニー(儀式)といっても、難しいことをするわけではありません。

基本的に必要なのは、祭壇と、セレモニーを行うためのサークルだけです。

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そのシンプルな祭壇には、その季節の収穫物や象徴物を飾ります。

時間がある時は、祭壇に飾る象徴物を参加者で作ったりもします。

また、大地とつながりの深いハーブは欠かせませんし、様々なインセンスやオイル類も必需品です。もちろん蝋燭も火のエレメントの象徴であり、女神や神の象徴でもあります。

そして東西南北のゲート(門)を設置したサークルを作り、場を設定します。この場は、とても神聖な領域となります。

ここで、自然と関わる神や精霊を召喚します。

召喚とは、自然に関わる神々や精霊を呼び込むことですが、それは簡単な文言を宣言したり、何らかの身体的な所作(動作)を行う事によって行います。

(初めての人でも出来るように、文書は用意されていますし、動作は見よう見まねですれば良いのです。)

そのようなセレモニーの間にちょっとした儀式を行ったり、瞑想したり、各自の精神的なテーマを、このウイッカのサークル内で扱ったりします。(後述)

サバトに参加することは、季節の節目に自分の神聖さに触れ、自分の方向づけをするという意味があります。

ウイッカの内容を学ぶのは様々な側面があり単純ではありませんが、しかし参加することは、誰にでも出来ますので、こうした世界へのひとつの入口といっても良いでしょう。

ある種の瞑想会のようなものと考えても良いかもしれません。

最後に設置したサークルをお開きにして、終了です。

終了後は、祭壇に置かれた様々な供物(食べ物や飲み物)をみんなで頂きます。これは、自然への感謝と、今ここに在る喜びを分かち合うことでもあり、自然の豊饒さを受け取る事でもあります。

といっても、何も構える必要はなく、言わば<打ち上げ>のようなものなので、楽しい話題で盛り上がったりします。

 

ウイッカのサバトに参加する意義

改めて、ウイッカとは、何でしょう・・・。

月並みな言い方ですが、これだけテクノロジーの発達した世界観の中で、私たちの自我や欲望は肥大し、目の前の現実にのみ心を奪われがちになってしまうのではないでしょうか。

絶えず物事を考え、様々なストレスを感じていて、本当に心の底からくつろぐことを忘れてしまい、自然に対する畏敬の念や、神秘的な側面、何よりも生命感覚そのものを忘れてしまっているようにも思います。

世界にはあまり季節感はなくなってきていますし、自然との繋がりも希薄になっているようです。

もちろん、季節の移り変わりを感じたり、自然と関わる方法は様々あります。ハイキングに行ったり、許されるのなら海に行って日がな一日波打ち際に座っていても良いでしょうし、森の中で過ごすのもまた格別です。

しかし、時にこうしたセレモニーに参加したりすることで、レジャーやスポーツとは違う、もう一歩踏み込んた形で自然と一体となり、自然そのものの流れと自分との関係を感じられたとしたら、それは素晴らしい事ではないでしょうか。

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こうした事は理性的に考える事ではなく、私たちの感性や感覚に関わることでもあり、それこそが、スピリチュアルの本質のひとつの側面であると言えるように思えますし、

また、古代におけるウイッカを現代にアレンジして蘇らせる意義も、そこにあるようにも私自身は考えています。

そうであれば、ウイッカとは、スピリチュアルなものを求める今の人の心を満たしてくれる行為のひとつとも言えるのかもしれません。

このウイッカは楽しい場でもあり、神聖な場でもあり、なにより、自分自身の神聖さと出会える場所なのです。

 

ウイッカに参加して役立つことは?

私たちは時の巡りの中に生きています。春夏秋冬という一年の中での移り変わりもあれば、長い一生の中での季節の巡りや、年代ごとの巡りもあります。

その中で私たちは、人や社会の関係性の中で、、多大な影響を受け合いながら、多様な体験を積み、その中で選択や決断を絶えず迫られています。

人生のすべてがうまく行き、達成感や高揚感に包まれている時もあるでしょうが、ともすれば何を選択するべきか悩んだり、また人や自分自身の感情に圧倒されたり、深く傷ついたりする時もあるでしょう。

それらをこのウイッカという場の中に広げて行く事で、自分の姿を俯瞰できたり、また意識の変容が起きたりもするので、自分の内側の内的な流れの方向性を探ったりすることも出来るのです。

例えば、サバトの中で様々な瞑想をしたり、また感情を整理したり考えをまとめる簡単な儀式を行ったりします。変容したい事柄や望みを紙に書いて、カルドロン(魔術的な焼却炉)で燃やしたりもしたりします。(これらには様々なやり方があり、ウイッカのサバトごとの方法があります。)

この中で思考や感情の整理をし、次の巡りに向かっての自分自身の準備や調整をしているわけです。

もちろんそれは、一人一人が行う内的な作業であり、人に知られることはありません。

また、同時に、このウイッカの神聖な場と繋がることで、自分自身の神聖さを思い出し、かつ自然の中のマジカルな流れと繋がり、その力を活用しようとする試みでもあるのです。

同時にそれらは私たち自身の活性化でもあるわけで、それが私たち本来の自分を取り戻していく手段にもなっているのです。

いわば、自己調整をしているとも言えるでしょう。ですから、自分を見つめる良い機会とも言えるのかもしれません。

ウイッカ・リティアのサバトへのお誘い(2017年6月24日)